2005年5月アーカイブ

20050523

吉本隆明が、ぼくがたおれるときひとつのちょくせつせいがたおれる、みたいなことを言ったとき、そのフレーズはある「詩」という形式に則った「作品」の断片としてではなく、若い左翼思想家の率直な発言として膾炙した。さらにそれがワームとなり紙片のうえを伝播していった事実は、しかしその言葉がもっているべき詩的な秀逸さとは何の関係もない。この言葉の一片は、打ち付けられた瞬間に死しては再生する詩の一種であるに違いないのだが、それを素朴で率直な発言として成立せしめる逆説的な詩的精神の介在は黙殺されており、また実際にそれは一切、左翼的な詩人が発した詩としてはほとんど機能していないのだ。

20050518

関係が排除さるべき第三項を形成するのは、剰余価値の形成に必要な契機であるが、そのメカニズムの解釈には幾通りかの方法がある。

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