2002年8月アーカイブ

20020828

最近、おたく系メディアで流行っている文句がある。それは、「現実に逃げるな。」と。これはもちろん、マスメディアにおける言説をそのまま反転させたパロディーなのだが、目の覚めるような表現で面白い。現実のアンチノニムが夢から虚構へ遷移したと指摘したのは見田宗介であったが。そしてその夢ならぬ虚構の、九十年代的な文脈における特長は、現実との可換性にあった。「現実に逃げちゃ駄目だよね。」と発言されたとき、その現実は、他の虚構と可換であるようなひとつの虚構の地位にまで(形式的にではあれ)貶められている。そこでは現実の実体性は棄却されており、関係主義的な〈物語の複数性〉が承認されている。

20020826

本質主義に対する構築主義のアドバンテージは、本質主義の誤りを明らかにした点にあるというよりは、本質主義の強固さを明らかにした点にあると言ったほうが現在のところ適切であろう。つまり、我々の本質主義的思考様式の矛盾を示したことは実のところ大した仕事だったわけではなく、むしろ我々が本質主義的に思考してしまうという思考の性向を問題化したことが、今後の理論の趨勢を決する大きな仕事であったのだ。構築主義は、我々がどうしても本質を想定してしまいがちであることを確認した。今後の構築主義のパースペクティヴはさしあたり、これは人類学の仕事であるが、本質を想定するメカニズムの解明にある。そこにはおそらく、暴力的な機序が働いている。

脱構築に対する爆撃のアドバンテージは、その理論のなかに暴力を組み込んだ点にある。爆撃における暴力は、たとえば理不尽な批判(存在芸術に対する攻撃)や、可換なる第三者群から以後不可換となる第二者を措定する過程、延いては理論と実践は直結しているという主張などに顕れている。このとき、暴力を理論に回収するべきであるのか、あるいは理論によっては回収され得ない残余の項として温存すべきであるのかという議論が生じる。しかしながら前者の立場を採ることは、過去に数多ある自己完結的理論の二の舞を演ずることになる。我々の立場は後者の立場といえるであろうが、しかしこの立場を採れば、埴谷の煩悶を抱えることになる。彼の懊悩はすなわち、論理の基礎たる自同律の無論理性=暴力性であった。彼はこれを論理の矛盾と捉えた。しかしながらこの問題に際して我々は既に、論理の出自における無論理性を徹底的に是認している。ここにおいて明らかになるのは、埴谷の帯びる近代性と、我々の帯びる現代性との温度差である。埴谷はある種の熱情=パトスをもって論理を追及した。対して我々は、パトスの時代を超えて諦念に至り、エトスを冷淡に受け容れる。我々は、自らがエトスを囚われていることを知っており、その限定のもとにおける理論の限界を模索しているのである。その限界の潭に薄膜のごとく、理論によって捕捉可能な暴力が介在している。暴力の彼方は視えない。もちろん、暴力の彼方が存在するということも、想定に過ぎない。

20020804

先に我々は、我々の理論における世界は論述可能であると述べた。ここにおいて、世界における認識不可能性の存在(表象の限界問題)から、我々の世界の妥当性を疑問視する声が挙がるかもしれない。しかしながらそれは、「認識」という語の用法の齟齬から生じた不当な批判である。繰返すように、我々のいう世界とは、認識の可否と無関係に存立していると想定される客観的世界ではなく、我々の認識=論述に対して展かれた認識論的世界である。この言明は、我々に対して展かれている当該の世界が我々の認識の様式によって規定されているということを表明したに過ぎない。この認識論的世界こそが我々の理論の原風景であり、ここからそう容易に客観的世界へ離陸するわけにはいかない。表象の限界の彼方にある対象物は、その想像が可能であるという事実をもって、その論述可能性を確定することが可能となり、認識論的世界のうちにその認識論的存在資格を与えることが可能となる。表象の限界の彼方にある(想定され得る)からといって、それに客観的な存在資格を与えるのは行き過ぎであるし、まただからといって存在資格を奪うこともまた行き過ぎである。

20020803

幼児が描く絵。無地の紙上に描かれる閉曲線、閉曲線を代替する線分。写真的で連続的な背景は存在せず、余白のなかに背景物が描かれる。その背景物もまた閉曲線と線分とで描かれる。これは、世界の認識様式を獲得するうえで非常に重要なプロセスであろう。描かれる閉曲線はすなわち対象物の輪郭であり、それは境界の概念を強化する。そして線分は抽象化の一途である。ときに線分は閉曲線を貫通=越境する。閉曲線、あるいは母から画するための膜。人は境界を獲得し、隔壁を纏い、それを国境に至るまで拡張する。

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